東京地方裁判所 平成3年(行ウ)19号 判決 1991年5月28日
東京都中野区松が丘一丁目二二番二〇号
原告
伊藤良彦
東京都千代田区九段南一丁目一番一五号
被告
東京国税不服審判所長 風祭光
右指定代理人
渡部義信
同
中村有希郎
東京都中野区中の四丁目九番一五号
被告
中野税務署長 五関貞明
右指定代理人
田中偉嘉
同
吉田良一
右被告両名指定代理人
佐藤鉄雄
同
仲田光雄
主文
一 原告の被告東京国税不服審判所長に対する訴えを却下する。
二 原告の被告中野税務署長に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求の趣旨
1 昭和六三年分の所得税に関する原告からの審査請求に対して被告東京国税不服審判長が平成二年一〇月二六日付けでした裁決のうち、原告の確定申告額を超える部分を取り消す。
2 被告中野税務署長(以下「被告署長」という。)が平成元年一〇月三一日付けでした原告の昭和六三年分の所得税に関する更正処分のうち、原告の確定申告額を超える部分を取り消す。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
第二事実の概要
一 当事者間に争いのない事実
1 本件課税処分の経緯等
(一) 原告は、昭和六三年分の所得税について、平成元年三月二七日、総所得金額(給与所得の金額)を八九一万六八七六円、還付金の額に相当する税額を三七万六四九五円とする確定申告を行った。
(二) これに対し被告署長は、平成元年一〇月三一日、総所得金額(給与所得の金額)を一〇三四万一八七五円、還付金の額に相当する税額を八万一八九四円とする更正(以下「本件更正」という。)を行った。
(三) その後、平成二年三月二三日に原告が本件更正に対してした審査請求に対して、平成二年一〇月二六日、右審査請求を棄却する裁決(以下「本件裁決という。)が行われた。
2 原告の昭和六三年分の給与等の収入金額
原告は、昭和六三年中に、給与等として、城西大学から九六二万七六〇〇円、早稲田大学から一五三万一五〇〇円、法政大学から六四万七六三二円、東京理科大学から七五万八四〇〇円の支払いを受けており、したがって、同年分の原告の給与等の収入金額は一二五六万五一三二円となる。
三 本件の争点
1 本件裁決の取消しを求める訴えの適否及び本件裁決の適否について
原告は、本件裁決が事件に関連のある文書を原告に閲覧させず、十分な事実調査をせずに行われたものであるから、違法であると主張している。
これに対し、被告東京国税不服審判所長は、同被告は本件裁決をした行政庁ではないから、原告の東京国税不服審判所長を被告とする訴えは、被告適格を欠く者に対する訴えとして不適法であり、却下されるべきであると主張している。
2 本件更正の適否について
原告は、本件更正の違法事由として、次のような主張をしている。
(一) 原告は、昭和六二年四月六日から四月一〇日までの間、イタリアのウテナ市で開催された国際数学教育会議の準備会議に参加し、更に、昭和六三年七月二七日から同年八月三日までの間ハンガリーのブタペストで開催された同本会議に参加し、その参加のための旅費及び滞在費として一五〇万円を支出した。右会議の参加費用は、本来、城西大学が負担すべきものであるが、現在までその支払いがなされていない。したがって、原告の城西大学からの昭和六三年分の給与収入は、前記の九六二万七六〇〇円から右会議の参加費用一五〇万円を差し引いた八一二万七六〇〇円となる。
(二) あるいは、右会議の参加費用一五〇万円は、所得税法五七条の二第二項三号に規定する特定支出として、原告の昭和六三年分の給与所得の金額の計算上これを給与所得控除額に加えて控除すべきである。
第三争点に対する判断
一 本件裁決の取消しを求める訴えの適否について
甲一号証の二(裁決書)の記載からして、本件裁決を行った行政庁は国税不服審判所長であって東京国税不服審判所長でないことは明らかであるから、本件裁決の取消しを求める訴えについて被告東京国税不服審判所長は被告適格を有しないものというべきである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告東京国税不服審判所長に対する訴えは、不適法な訴えとして却下を免れない。
二 本件更正の適否について
1 仮に原告の主張するとおり、本件会議参加費用を城西大学が負担すべき義務があり、原告が同大学に右の一五〇万円の支払いを求める権利を有するものとしても、これによって、原告の給与所得金額が増加することはあっても、原告の城西大学からの収入金額が前記九六二万七六〇〇円から右一五〇万円を差し引いた八一二万七六〇〇円となるものとすべき根拠がないことは明らかである。したがって、この点に関する原告の主張には理由がない。
2 原告の主張する特定支出の控除は、特定支出の合計額が所得税法二八条三項に規定する給与所得控除の金額を超える場合にのみ認められるものであり(同法五七条の二第一項)、また、その控除は、確定申告書にその適用を受ける旨及び特定支出の合計金額を記載したうえ、特定支出に関する明細書等の証明書類を添付した場合に限って適用するものとされている(同条三項)。ところが、原告の給与等の収入金額が一二五六万五一三二円であることは当事者間で争いがなく、この収入金額から求めた原告の給与所得控除額は二二二万三二五七円となるから、本件会議参加費用は右給与所得控除額を超えるものではない。そうすると、すでにこの点で、原告は右の特定支出の控除に関する規定の適用要件を満たしていないことは明らかである。したがって、この点に関する原告の主張にも理由がない。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 近田正晴)